たまには中国文化について、思い出とともに
- 剛史 小坂
- 5月24日
- 読了時間: 2分
さて、私は上海に10年以上暮らしていましたが、現地採用の学校の教師として働いていました。なので、駐在員のような生活はしておらず、現地の人々とともにありました。
大学院生時代も、中国の農村でフィールドワークをしていたので、中国の9割を占める農民との生活をし、彼らの習俗・考え方を観察していたわけです。
それはともかく、私が教師として働き始めたのは2012年。覚えていらっしゃる方もいるかと思いますが、尖閣諸島(魚釣島)を日本政府が一部購入したため、反日運動が盛んに行われていた時です。その中でも、未来を生きる子どもたちはともに協力して生きていくことができないか、と考えていたわけです。
そこで知り合ったのが、中国の高校の先生。彼とは日中の架け橋をつくるべく、共同で文化祭を行うなど、子どもたちの関係性をつくるべく奔走したのです。今でもその行事「秋日祭」は残っているのかは知りませんが、中国の子どもたちが「たこ焼き」を焼いたり、「綿菓子」をつくったり、日本の子どもたちが逆に中国の焼餅をつくったり。ともにつくるお祭りを開始し、実施しました。
上海市政府はあまり気持ちのいい反応ではありませんでした。なぜなら、反日デモのみならず、日本料理店の襲撃事件や日本製品の不買運動などが起きていたからです。

しかし、私たちはやり遂げました(さらに草の根の日中交流イベントを行ったお話は奇怪があれば)。そんな中国の先生は中国古典文学の専門。私が帰るときにくれたのが、私が愛用している落款です。落款とは書道や日本画などの作品が完成した際に、作者が自らの名前や雅号(ペンネームのようなもの)を書き、印(落款印)を押す行為、またはその署名と印章そのもののことです。
「富春山」という風に読みます。
13世紀、元の末期、「元末四大家」に数えられる黄公望が描いた「富春山居図」に基づいています。
この落款はすなわち

「山水の中に心を住まわせる
隠逸と自由を愛する
文人の理想世界に遊ぶ」
というニュアンスが含まれます。
陳氏太極拳の「師訓」の中には文人であることを重視する言葉があります。ですので、あたかも自分が文人である心の境地にあることもとても大事なことなのです。
自分の世界に沈潜してしまうのは危ないことです。ですが、時には人の世界から離れ、自分の心と身体と向き合う時間はとても大事です。陳氏太極拳はそんな時間を提供してくれます。




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